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東京地方裁判所 平成4年(特わ)404号 判決

主文

被告人を懲役五年に処する。

未決勾留日数中八〇日を右刑に算入する。

理由

(商法違反についての犯行に至る経緯)

一  関連会社の概要

東京佐川急便株式会社(以下「東京佐川急便」という。)は、一般貨物運送事業等を目的とする会社であり、Wは同会社の代表取締役をしていた者であるが、東京佐川急便の前身は、Wが昭和三八年に設立した三好運送株式会社であり、同社は、昭和三九年に商号をW運輸株式会社に変更し、昭和四九年に佐川急便グループと業務提携を結び、昭和五二年一二月に商号を東京佐川急便に変更したものである。

平和堂不動産株式会社、株式会社ギャラリー平和堂及び株式会社銀座平和堂は、昭和六一年五月から平成元年七月にかけて、いずれも被告人が設立した会社であり、株式会社平和堂は、後述する株式会社誠廣が平成二年七月に商号変更したもので被告人が代表取締役の地位にあったものである(以下では、この四社を総称して「平和堂グループ」という。)。

二  被告人がWと親交を深めたいきさつ

被告人は、平和堂の名称で宝石ブローカーを行っていた昭和五七年ころにBと知り合い、Bが株や金融ブローカーのような仕事を始めた昭和六〇年一二月ころからは、Bから資金を貸し付けてもらったりするなどして、次第に親しく交際するようになった。被告人は、Bから東京佐川急便の社長であるWの豊かな資金力や人脈の広さ等を聞かされ、ぜひともWと顔見知りになって資金面等で協力を得たいと考えていたところ、昭和六一年秋ころ、Bに連れられて東京佐川急便の社長室へ行き、BからWを紹介してもらってWと面識を持つに至り、その後、頻繁にWのもとに出入りするように心掛けるとともに、Wに会ったときには出来るだけ顔を合わせるなど、Wの歓心を買うように努めた。その結果Wは、被告人に気を許して被告人のことを「Aちゃん」などと親しげに呼ぶようになり、昭和六二年八月には、東京佐川急便から平和堂不動産に対し無担保で一億円の融資、さらに昭和六三年一月には株式投資資金として平和堂不動産に対し無担保で三億円の融資をするように取り計らうまでになった。

三  誠廣設立の経緯

昭和六一年夏ころ、Wは株のブローカーなどをしていたBと知り合って親交を深めるようになり、株取引のための資金を融資するなどした。Wは、政治家との付き合い等のために表に出せない金を必要としていたところ、昭和六二年夏ころ、Bから、株取引のために新しい会社を作りたいという話があったため、株についてある程度の経験があるBに東京佐川急便から多額の資金を提供して株取引をさせ、その見返りとして裏金を自己に還流させて自由に使える金を作ろうと考え、Bに対し、東京佐川急便から資金を出すから会社をやってみるように言った。Bは、Wが日頃から、「政治家があれこれ言ってきて大変だ。金がいくらあっても足りない。」「政治家との付き合いで表に出せない金がいくらでもいる。」などということを聞かされており、また、骨董品の売買の件で裏金を還流する話を以前にWにしたことがあったことから、Wの意図を理解し、B自身にとってもWから金を回してもらえるという有利な話であったので、「よろしくお願いします。」などと答えた。被告人は、そのころ、Bから、「今度会社を作って株や不動産をやる。東京佐川で資金協力をしてくれるとW社長が言っている。W社長も自由に使える裏金が必要なようだ。」などといった内容の話を聞き、かねてより、W自身からも、「政治家との付き合いで金が足りない。」というような話を何度も聞いていたことから、Wの前記の意図を理解し、Wに協力すれば自分にも見返りが期待できる上、前述したとおりWと親交を深めたいと考えていたこともあり、Bに対して、自分も出資するのでぜひ一緒にやらせてほしい旨述べ、Bもこれを了承した。そして、Bは、昭和六二年九月にWの「廣」の字をもらい株式会社誠廣(以下「誠廣」という。)を設立し、Wの取り計らいにより、東京佐川急便から無担保で直接融資を受けたり、或いは東京佐川急便の債務保証を得て金融機関から融資を受けるなどして多額の資金を調達して株式取引等を行った。誠廣による株の取引は当初は順調に推移したため、折りにふれてBは東京佐川急便の社長室にWを訪ね、Wに対し、株取引によって利益が出ている旨報告したが、Wは、その度ごとに、政治家名を挙げて、「政治家が色々言ってきて大変だ、いくらあっても金が足りない。」などと言って裏金が必要なので資金提供してほしい趣旨に受け取れる発言をしていた。Bは、Wにこのように言われたので、昭和六三年二月初めころ被告人に対し「W社長が裏金をほしがっているらしい。」と言ったところ、被告人も「それじゃ一億円くらい届けた方がいいのじゃないですか。」などと言ったこともあり、Bは同年二月一二日にWに一億円を届けた。さらに、同年三月一三日に、被告人が「W社長は色々出る金が多くて大変みたいですよ。廻せる金があればこういう時に廻しておきたいですよね。」などと言ってきたところから、Bは、Wに対し一億円を裏金として手渡すこととしたが、当時東京佐川急便の社長室に頻繁に出入りしていたFと喧嘩をし、Wのところへの足が遠のいていたので、被告人を介してWに届けた。

四  被告人による不動産取引及び株式取引の状況

Wは、Bとの間が疎遠となり、逆に被告人との親交が深まってきたことから、Bに代えて被告人に株取引をさせ、Bの場合と同様に裏金作りに協力させようと考え、昭和六三年四月ころ、被告人に対し、資金面は東京佐川急便が全面的に面倒を見るから本格的に株の運用をやってみるように勧めた。被告人は、Wが資金付けの見返りに裏金を還流させることを期待してこのようなことを言っていることが分かっていたが、日頃から、Bとは別にWから資金付けを受けて株や不動産取引をして利益をあげたいと考えていたので、「本当にありがとうございます。社長の御期待に沿うよう頑張ります。社長の方で金が入り用の時は、いつでも申し付け下さい。必要な金をすぐに用意します。」などと言ってWの申し出を受け、その結果、被告人及び平和堂グループは、Wの取り計らいにより、東京佐川急便からの直接貸付や東京佐川急便の債務保証による金融機関からの融資により多額の資金を調達することができ、右資金により、被告人は、大がかりな株式投資や不動産投資を行うようになった。そして、被告人は、以後、平成二年一二月二八日に最後の一億円を届けるまでの間、多数回にわたって、一回当たり五〇〇〇万円から二億円の現金を裏金としてWに届けた。

被告人が行った不動産投資は、サンフランシスコの物件をはじめとしてそのほとんどが不成功に終わり、転売も困難な状況で、このため多額の資金を固定させる結果となった。また、株式投資については、a社の歩合外務員であるCの情報等によって売買を行っていたところ、思うように利益は上がらず、逆に平成元年の終わりころには多額の評価損を抱えるようになった上、C銘柄はほとんど仕手株化していたので、売りに出せば株価が急落するという状況にあったため売却することも出来ず、結局、株式投資においても多額の資金を固定させる結果となった。なお、被告人は、このような状況について逐一Wに報告しており、Wは、このような状況を把握していた。

五  犯行に至る経緯

被告人は、昭和六三年一〇月ころ、旧b社のDと知り合い、同年一二月ころにはDをWにも紹介した。その後、平成元年一二月ころ、Dは被告人に対して、Wに会わせて欲しい旨依頼し、同月中旬ころ、被告人は有楽町の料亭「△△」において、DにWを引き合わせた。その際、Dは、Wに対し、仕手戦の資金援助を依頼したが、Wが即答を避けたため資金援助については具体的な話にはならなかった。このころ、平和堂グループ及び被告人の東京佐川急便からの借入残と東京佐川急便の債務保証による金融機関等からの借入残の合計は既に二〇〇億円近くにも膨れ上がり、また、被告人はこのようにして調達した資金で不動産投資や株式投資を行い、この不動産や株式を担保にさらに金融業者から多額の借入を行っていたため、これらの金利負担にも苦しむ状況であった。これに加えて、前述のとおり不動産投資、株式投資ともうまくいかず、この当時、不動産で約一〇〇億円、株式で約三〇億円の資金が固定してしまっており、平和堂グループ及び被告人の財政は破綻に瀕した状態にあり、被告人及びWもこのような状況を十分に認識していた。このため、被告人は、Dとの会談の後、平和堂グループの財政状態を回復させるには、更に東京佐川急便から多額の資金付けをしてもらって、その資金でDの仕手戦に乗り、多額の利益を上げるしかないと考え、その旨Wに提案した。他方、Wは、もし平和堂グループが倒産すると、これまでに被告人や平和堂グループに対して行った不適正な融資や債務保証が公になり、代表取締役としての責任を問われ、その地位を追われることになりかねないとの危機感を覚えるとともに、これまで、被告人やBから裏金をもらっており、今後も裏金をもらい続けたいと考えていたこともあって、被告人の提案に賛同した。以上のような事情から、Wにおいては、引き続き被告人から裏金の還流を受けること及び自己の保身を図ることを目的として、また、被告人においては、今後も東京佐川急便に資金付けをしてもらって株取引等で利益をあげ、平和堂グループの財政状態を回復することを目的として、両者は、主としてDの仕手戦に乗って利益をあげるために、仕手戦の危険性等を十分認識しながら、東京佐川急便から被告人及び平和堂グループに対して多額の資金融資及び債務保証をして資金付けをしようと決意するに至り、ここに本件についての両名の共謀が成立した。

(商法違反の犯罪事実)

被告人は、不動産の売買仲介等を目的とする平和堂不動産株式会社(以下「平和堂不動産」という。)、絵画、彫刻の売買を目的とする株式会社ギャラリー平和堂(以下「ギャラリー平和堂」という。)、貴金属地金の販売業等を目的とする株式会社銀座平和堂(以下「銀座平和堂」という。)及び医療用機器の販売等を目的とする株式会社平和堂(以下「平和堂」という。)の代表取締役社長であり、右四社の資金をもとに各会社及び自己名義で有価証券取引を行っていた者、Wは、東京都江東区〈番地略〉東京佐川急便株式会社(以下「東京佐川急便」という。)の代表取締役として同会社の業務全般を統括し、債務保証または貸付を行うに当たっては、あらかじめ被保証人または貸付先の営業内容、資産、信用状態等を調査し、債務保証の場合には返済能力が危ぶまれる者の債務保証は差し控えて、損害の発生や拡大を防止する措置を講じ、貸付の場合には十分な担保を徴して貸付金の回収に万全の措置を講ずるなど同会社のために忠実にその業務を遂行すべき任務を有していた者であるところ、被告人及びWは共謀の上、Wの右任務に背き、W及び被告人の利益を図る目的をもって、

一  別表(1)記載のとおり、平成元年一二月二二日から平成三年二月二八日までの間、八回にわたり、東京佐川急便において、前記平和堂不動産等四社及び被告人が、不動産取引及び有価証券取引の失敗によって多額の債務を抱えていて返済能力が危ぶまれ、十分な担保も供されていないことから、右四社の債務を保証すれば、早晩、債務の履行を求められる状況にあることを熟知しながら、右四社の株式会社東京銀行外六社に対する総額一五一億円及び二四〇〇万ドルの債務を同表連帯保証債務額欄記載のとおり連帯して保証し、もって、東京佐川急便に対し右同額の損害を加え、

二  別表(2)記載のとおり、平成二年一月二二日から平成三年三月一日までの間、五回にわたり、東京佐川急便において、平和堂不動産、ギャラリー平和堂及び被告人に対し、右二社及び被告人が不動産取引及び有価証券取引の失敗によって多額の債務を抱え、右の者らに貸付をすれば、その貸付金の回収が危ぶまれる状態にあることを熟知しながら、何ら担保を徴することなく、合計六〇億円を貸付け、もって、東京佐川急便に対し右同額の損害を加えたものである。

(背任の犯罪事実)

被告人は、不動産の売買仲介等を目的とする平和堂不動産株式会社(以下「平和堂不動産」という。)の代表取締役社長であり、T社からの自己名義の借入金一八億円につき、同会社との間で、平和堂不動産所有の東京都世田谷区〈番地等略〉の各居宅並びにこれら居宅の敷地(担保評価額合計一二億二四九二万六〇〇〇円。以下「本件居宅等」という。)を担保物件とする極度額一八億円の根抵当権設定契約を締結してT社に本件居宅等の登記済権利証、平和堂不動産の委任状及び同会社の取締役会議事録等を交付し、根抵当権者である右T社のため、その旨の登記手続きに協力すべき任務を有していた者であるが、いまだ右登記手続きが完了していないことをよいことに、自己の利益を図る目的をもって、右任務に背き

一  平成三年六月中旬ころ、東京都豊島区東池袋〈番地略〉S社において、同会社から自己名義等で融資を受けるに当たり、同会社に対して譲渡担保の趣旨で本件居宅等の所有権移転登記をする旨合意した上、同月二四日、東京都世田谷区〈番地略〉東京法務局世田谷出張所において、本件居宅につきS社に所有権移転登記を完了し、

二  S社に対する債務を弁済して本件居宅等の所有権が実質的に平和堂不動産に復した後の同年七月一一日ころ、東京都目黒区〈番地略〉C社において、Eとの間で、平和堂不動産がS社の名義で、本件居宅等を他物件と共に、右Eが当該不動産取引のために借名したH社に対して代金一〇億円で売却する旨の売買契約を締結した上、同月一二日、前記東京法務局世田谷出張所において、本件居宅等につきS社名義からH社名義に所有権移転登記を完了し、

もって、T社の本件居宅等に対する根抵当権設定登記を不能ならしめて同会社に前記担保評価額相当の財産上の損害を加えたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(補足説明)

弁護人は、本件各公訴事実についていずれもこれを争うものではないとしながらも、各公訴事実を否認するかのような弁論をなし、被告人も公判廷においてこれに沿うような供述をしているので、以下では特に問題となる点について、念のため判断を加える。

第一  商法違反の事実について

一  弁護人は、Wの任務違背及び損害発生についてのW及び被告人の認識に疑問がある旨主張するので、この点について判断する。

1  関係各証拠によると、以下の事実、すなわち、

(1)  被告人及び被告人が経営していた株式会社平和堂不動産、株式会社ギャラリー平和堂、株式会社銀座平和堂及び株式会社平和堂(以下では、この四社を総称して「平和堂グループ」という。)は、もともと資金力に乏しく、信用も実績もない個人及び会社であり、平和堂グループの実体は、Wの計らいによって東京佐川急便から資金付けをしてもらって不動産や株取引を行っていたものにすぎないものといえること、

(2)  前示のとおり、本件犯行開始時の平成元年一二月ころには、被告人及び平和堂グループは、既に東京佐川急便から多額の貸付や債務保証を受けている一方、被告人の行ってきた不動産投資や株式投資のほとんどが失敗し、借入残の合計は既に二〇〇億円近くにも膨れ上がり、多額の資金が固定するに至り、経営は破綻に瀕していたこと、

(3)  被告人及びWは、(2)の状況を十分に認識した上で、このような状況を打開するために仕手株等に投資しようと考え、主として仕手株の購入資金に当てる目的で、さらには、不動産取引の資金に当てる目的で十分な担保や保証を徴することなく本件各融資や債務保証がなされたこと

などが認められ、これらの事実によれば、本件融資や債務保証は、経営が破綻に瀕していた平和堂グループ及び被告人に対し、主として仕手株への投資という危険性の高い行為を行うためになされたものであり、さらに具体的な不動産取引への投資の関係でも、より一層資金を固定化させるおそれの高い投資を行うためのものであって、いずれも資金回収が不能になる可能性が極めて高く、既存の融資等の回収を図る手段としても、とうてい正当化されるようなものではなく、東京佐川急便におけるWの代表取締役としての任務に違背することは明白である。したがって、また、Wが右任務違背の事実を認識していたことも明らかである。

2  また、被告人は平和堂グループの経営者であり、その経営が破綻に瀕していることを十分に認識していたことが認められる上、経営が破綻に瀕している会社等に仕手株への投資等をさせる目的で融資等を行うことに何ら正当性が存しないことは明らかであるから、被告人が本件融資や債務保証がWの任務に違背することを認識していたことも明らかというべきである。被告人が東京佐川急便から融資や債務保証を受ける際に銀行やノンバンクの担当者をWに会わせたなどのことは、右認定を妨げる理由とはならない。

3  なお、弁護人は、被告人はDの仕手本尊としての実績や日本住宅金融株式会社の情報を信頼して株取引を行っていたのであるから、当初から損害の発生を認識していたわけではない旨主張する。この点、確かに被告人は利益をあげる目的で株取引を行ったのであり、また、D情報や日本住宅金融株式会社の情報を基にしていたことは認められるものの、株取引はそれ自体投機的色彩があり損害発生の危険性を内在するものである上、仕手株への投資は莫大な利益を生む可能性がある反面損害発生の危険性も通常の株式投資に比して大きいものであり、被告人及びWはこのような危険性について認識していたと認められるほか、不動産取引についても、前述のとおりの危険性を認識していたと認められるから、被告人及びWは損害発生の認識を有していたといわなければならない。

以上のとおり、本件各融資及び債務保証は、Wの東京佐川急便における代表取締役としての任務に違背するとともに、東京佐川急便に損害を与えるものであり、このことを被告人及びWが認識認容していたことを認定することができる。

二  次に、弁護人は、本件においては、図利加害目的が立証されていない旨主張する(なお、訴因は図利目的のみである。)ので、この点について判示のとおりの図利目的を認めた理由について説明する。

1  まず、Wが、Bに誠廣という会社を作らせた上で、これに東京佐川急便による資金付けをして株式投資をさせていたことは関係証拠上明らかであるところ、B及びWの供述調書等によると、その目的は、Wが政治家との付き合い等のために表に出せない金を必要としていたことから、資金付けの見返りとして、いわゆる裏金用の資金を自己に還流させることにあり、現に、BからWに対して、昭和六三年二月及び三月に各一億円の現金が裏金として還流していることが認められる。

他方、被告人は、BがWと疎遠となった昭和六三年四月ころから、Bにとって代わるような形でWの計らいにより東京佐川急便から多額の融資や債務保証を受け、不動産投資や株式投資を行うようになったものであり、本件犯行である融資や債務保証もこれと一連のものであるところ、反面被告人からWに対し、多数回(被告人の公判供述によっても、七、八回)にわたり、一回当たり五〇〇〇万円から二億円の現金をWに届けていることが認められる。もっとも、この点に関しては、被告人は公判廷において「最後の平成二年一二月二八日に一億円を届けたのみである。」との供述もしているが、他方で、「一億円ということはない。」「はっきり記憶があるのは数回、数億円。」と供述したり、さらには「多く見積もっても一〇億はいかない。五〜六億の数字。」とか「回数は五、六回か七、八回。」「一回あたりの金額は五〇〇〇万か一億。」「二億もあったかもしれない。」などとも供述しており、その供述内容は一貫性を欠くものであるが、被告人は使途不明金の解明に意を注ぎ、還流金について十分意識して防禦に当たっていた筈であるにもかかわらず、右のような一貫性に欠ける供述がなされたことは、還流金の回数と金額をできるだけ少ないものにしようとの意図の表れとみることができる。したがって、被告人の右公判供述は、被告人が少なくとも七、八回以上の多数回にわたり、一回あたりの金額五〇〇〇万円から二億円をWに還流させていたことを強く推認させるものである。

さらに、Wが、これまでにそれほどの信用も実績もなく、また将来性のある事業を行っているわけでもない被告人や平和堂グループに対して、何の見返りも期待することなく巨額の融資や債務保証をすることは、Fから被告人の援助を頼まれたことや、W自身被告人を気に入っていたことを考慮しても、極めて不自然である。

これらの事実からすると、Wが被告人及び平和堂グループに対し本件を含む一連の融資及び債務保証を行った目的の一つは、その見返りとして、被告人から裏金用の現金を提供させることにあったものと認めるのが相当である。

なお、弁護人は、図利目的を認めたWの供述調書の内容が簡潔であるとして信用性に欠ける旨主張するが、Wの後任として東京佐川急便の代表取締役となったGの供述調書によれば、平成三年七月一三日東京での主管店長会議の後、同人が京都のH会長に対しWの取締役解任処置を要求したところ、H会長から、「前日Wが来たが、Wは謝るどころか、『自分の後ろには有力政治家がいるので絶対逮捕されない。』と言っていた、あんな態度は許せないので早く調査して告訴しろ。」と言われて弁護士とも相談の上告訴に至ったことが認められるほか、Iの供述調書によれば、同人は父であるHから「Wは社長室から大臣に電話のできる男」と聞かされていたことが認められ、これによれば、Wは有力政治家と相当親密な交際をしていたことが認められる上、Bの供述調書によっても、前記のとおりWは常々「政治家があれこれ言ってきて大変だ。金がいくらあっても足りない。」「政治家との付き合いで表に出せない金がいくらでもいる。」などと言っており、Wは政治家との交際などで裏金を必要としていたこと、現に、Bは二回にわたってWに裏金として一億円ずつ渡していることが認定できるから、「表に出せない金が必要であったので、被告人から資金提供の話を聞き、融資をすることにした」旨の、また「BやAは自分に資金を快く出してくれていたので、この便利な状態を続けたかったこともAに融資や債務保証をした一因である」旨の、本件犯行に関し図利目的を認めたWの供述調書は十分信用できるというべきである。

また、前述のとおり、当時被告人及び平和堂グループの経営は破綻に瀕し、東京佐川急便による融資や債務保証を打ち切ると直ちに倒産するという状況にあり、その場合、Wが被告人や平和堂グループに対してなした不適正な融資や債務保証が公になってWが東京佐川急便の社長の地位を追われることになるのは明らかであって、このような事情からすると、Wは、自己の地位を守るために、被告人及び平和堂グループの財政状態が回復することを期待して更なる融資及び債務保証を行ったものというほかなく、現に、W自身も検察官に対する供述調書においてこのような目的を有していたことを認めているところであり、Wは自己保身の目的を有していたものと認定できる。

なお、Wは、本件各融資や債務保証によって被告人及び平和堂グループの財政状態が回復し、その結果東京佐川急便からの融資や同社による保証によって金融機関から受けた融資を返済してくれることを期待していたことも認められるが、右期待は、前述したような自己保身がその根底にあるものと認められるから、もっぱら本人たる東京佐川急便の利益のために本件各融資や債務保証を行ったものでないことは明らかである。

以上より、Wは、主として裏金を得ることと自己保身を図ることとを目的として、本件各融資及び債務保証を行ったということができ、商法四八六条一項の「自己を利」する目的を有していたものと認められる。

2 次に、被告人の認識について検討する。

関係各証拠によれば、Wが、たびたび、表に出せない金が必要であるという話をしており、被告人もWから直接あるいはBからの伝聞でこのような話を聞いて、Wが裏金を必要としていたことを認識していたこと、Bが昭和六三年二月及び三月に各一億円の現金をWに届けたことも認識していたこと、被告人自身、Bにとって代わってWから融資や債務保証の便宜を受けるようになってから多数回にわたり多額の現金をWに届けていることなどが認められる。これらの各事実及び前述したようにWが何の見返りも期待せずに被告人に多額の融資等を行うことは極めて不自然であることからすると、本件融資や債務保証がWへの裏金の還流を期待してなされたことを被告人自身認識していたことは明らかというべきである。

また、被告人は、本件犯行開始時である平成元年一二月当時、被告人及び平和堂グループの財政状態が破綻に瀕していたことを認識しており、他方、平和堂グループが倒産すると東京佐川急便は多額の不良債権を抱えるとともに保証債務の履行を迫られること、そうなるとこのような融資や債務保証をしたWの責任問題となることは自明のことであるから、被告人は、Wが自己保身の目的を有していたことも認識していたものと認められる。

さらに、被告人自身は、自己及び自己が経営する平和堂グループの資産状態を回復させるため、株取引や不動産投資の資金等として、東京佐川急便から融資や債務保証を受けたものであって、自己の利益のために本件犯行に及んだことは明らかである。

以上より、被告人は、Wの図利目的を認識するとともに、被告人自身も自らの利益を図る目的を有していたものと認められる。

三  さらに、弁護人は、被告人とWとの共謀の点についても疑問がある旨主張するが、前述したとおり、両者は、被告人及び平和堂グループの財政状態が破綻に瀕したことを互いに熟知しながら、仕手戦への参入等を合意して、本件犯行に至ったのであるから、W及び被告人の間の共謀の存在も認めることができる。

四  なお弁護人は、個々の債務保証についてもこれを列挙し、果たして犯罪を構成するか疑問がある旨指摘するので、この点についても、念のため判断を示すこととする。

1 別表(1)番号2について

弁護人は、本件保証に基づくd社からの借入には鎌倉市梶原の不動産が担保に供され、三〇億円の根抵当権が設定されているところ、この物件については、三和銀行が優良物件であると判断しているから、被告人に背任の故意が存するというのは不合理である旨主張する。

この点、三和銀行が優良物件と判断しても、許認可取得以前の物件の担保価値は七億円余りと評価されている上、本件保証によって東京佐川急便は三〇億円の保証債務を負担することになるのであり、被告人もこれらのことを認識していたのであるから、故意に欠けるところはない。

また、弁護人は、三〇億円の融資の翌日に三億円余りが東京佐川急便に返済されているから、この金額については特別背任の故意を欠くし損害も発生していないと主張するが、三〇億円が平和堂不動産の口座に入金されたことによって、それは平和堂不動産の資金になるのであって、その時点で東京佐川急便に三〇億円の保証債務を負担させて同額の財産上の損害を加えたものと認められ、その後、その資金が返済に当てられたことは犯罪成立後の情状に過ぎない。

2 別表(1)番号4について

弁護人は、本件被保証債務額の九割は株式によって担保されているので、背任行為といえるか疑問がある旨主張するが、一割については担保を欠く上、現に被担保債権額と同額の保証債務を東京佐川急便に負担させている以上、特別背任罪を構成することは明らかである。

3 別表(1)番号5について

弁護人は、被保証債務三〇億円に対して約二〇億円については株式が担保となっているから、全てが背任行為となるのか疑問がある旨主張するが、前述したとおり現に三〇億円の保証債務を東京佐川急便に負担させている以上、背任罪を構成し、また、これは一つの行為として不可分一体のものであるから、その行為全体について特別背任罪が成立するものと解するのが相当である。

4 別表(1)番号7について

弁護人は、二五億円の借入金のうち二一億円については、これがe社に流れた上、結局借入先に返済されているから、被告人に損害を与える認識があったか疑問がある旨主張するが、いったんこの二五億円が平和堂不動産に融資されれば、その時点で東京佐川急便は二五億円の保証債務を負担することになり同額の損害が生じたものと解されるから、その金が後にもとの借入先に返ったとしても、損害を与える認識を欠くことにはならない。

第二  背任の事実について

一  被告人は、T社営業部長のJから、書類を揃えるだけで実際に担保設定はしないし、被告人において無断で処分してもかまわない旨言われたため、T社に対し好意として本件居宅等の権利証等を預けたと供述しているので、この点について判断する。

まず、右Jは、公判廷において、被告人に対し本件居宅等を無断で処分することを了解したことはない旨明確に供述し、また、T社の代表取締役であるKの供述からも被告人が本件居宅等を無断で処分することの了解を得ていたことを窺わせるような状況は全く存しない。さらに、被告人は、本件居宅等を処分した後においてもそのことをJに連絡していないこと、本件居宅等の所有権移転登記がなされたことがT社側に発覚した際、被告人はKに対し謝罪するとともに、代担保の話などもしていることなどの事実に照らすと、T社側から無断で処分することの了解を得ていたとの被告人の弁解は信用できない。

二  弁護人は、本件居宅等の担保提供は被告人の好意によるものであり、背任罪を構成する違法性を具備しているのか疑問である旨主張するが、いったん根抵当権設定契約を締結した以上、契約を遵守する法律上の義務があることは自明の理であり、本件被告人の行為が背任罪を構成する違法性を有することは明らかである。

さらに、弁護人は、本件においては被害者であるT社の告訴や被害届がなく、また和解が成立して被害回復がなされていることを指摘し、本件背任の公訴提起は公訴権の濫用である旨主張するが、本件背任は、根抵当権設定登記が留保されたことに乗じて敢行された悪質なもので、被害金額も約一二億円と高額であるところ、告訴や被害届がなく、和解が成立していることなどは単なる一情状に過ぎず、本件背任の公訴提起が公訴権の濫用であることを窺わせるような事実は存在しないから、弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示商法違反の行為は、包括して刑法六五条一項、六〇条、商法四八六条一項に該当するところ、被告人は東京佐川急便の取締役の身分及び認定した任務のいずれをも有しないから、刑法六五条二項により通常の刑を科することとなるが、その刑は、行為時においては平成三年法律三一号による改正前の刑法二四七条、罰金等臨時措置法三条一項一号、裁判時においては右改正後の刑法二四七条によることになるところ、右は犯罪後の法律により刑の変更があったときにあたるから、同法六条、一〇条により、軽い行為時法の刑によることとし、判示背任の行為は包括して同法二四七条に該当するところ、以上の各罪につき所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示商法違反の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役五年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中八〇日を右刑に算入し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件商法違反は、大手の運送業者である東京佐川急便の代表取締役社長であったWが被告人と共謀の上、長期間、多数回にわたり、被告人及び被告人が経営する平和堂グループ各社に対し、東京佐川急便による融資や債務保証を行い、東京佐川急便に甚大な損害を与えたという事案であり、いわゆる東京佐川急便事件として世間の耳目を集めた事件である。

被告人は、Wの豊かな資金力や広い人脈を知るに及び、Wに取り入って東京佐川急便から不動産投資や株式投資のための資金を引き出そうと考え、他方、Wにおいては、東京佐川急便から平和堂グループに多額の資金付けをして株式投資等をさせ、その見返りとして裏金を還流させようと考えたことから、被告人及びWの利害が一致し、その結果、東京佐川急便から被告人及び平和堂グループに対し多額の融資や債務保証がなされたが、被告人の投資はほとんどが失敗に終わり、平和堂グループの財政が破綻に瀕したところから、仕手株への投資などにより一気に挽回を図るべく、本件商法違反の犯行に至ったものである。そして、被告人は、東京佐川急便から調達した巨額の資金を危険性の高い株取引などに投資する一方で、高級クラブでの遊興や愛人との交際費等にも多額の金員を費消するなどしていたのである。このような実情に照らすと、本件は、投機的で杜撰な資金運用を繰り返してきた被告人が、一攫千金をもくろんで行った利己的犯行というほかない。

また、本件商法違反は、特別背任罪の身分を有するWに身分を有しない被告人が加功したものではあるが、前述のとおり、被告人は、Wの歓心を買って取り入った上、本件犯行に直結する仕手戦参入についても、積極的にWに働きかけて実現させたものであって、被告人自身の果たした役割は重大である。

さらに、本件商法違反の被害金額は、債務保証額及び無担保貸付額を合計すると二一一億円及び二四〇〇万ドルと他に例を見ないほど巨額なものであり、今後の被害回復も見込めない状況にある。そして、本件により、東京佐川急便の財政状態を著しく悪化させたばかりか、東京佐川急便がこれまで従業員の不断の努力によって築き上げてきた信用をも失墜させるなど、東京佐川急便に与えた打撃は極めて深刻である。

他方、本件背任は、根抵当権設定登記が留保されたことに乗じて敢行された悪質なもので、その被害金額も約一二億円と高額である。

以上の事情に照らすと被告人の刑事責任は重いと言わなければならない。

したがって、東京佐川急便の被った損害がここまで拡大したのは、当時の日本の経済情勢すなわち、いわゆるバブル経済とその崩壊が一因となっている面も存すること、被告人は、被告人及び平和堂グループの破産手続に協力して可能な限り被害弁済したい旨述べていること、これまでに前科がないこと、T社に対する背任については被害弁済がなされ、T社側も被告人の処罰を求めていないことなど被告人のために酌むべき事情をできる限り考慮しても、なお、主文掲記の刑に処するのが相当と判断した次第である。

(裁判長裁判官木村烈 裁判官小池勝雅 裁判官柴山智)

別表(1)(2)〈省略〉

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